安居
修行僧が一か所に集まり、約九十日間外出せずに修行に打ち込むこと。夏安居、冬安居と年に二回行う。
衣鉢
袈裟、鉢(食べ物を入れるもの)。えはつのえは呉音。
法を継いだ証拠として師僧から伝わる衣鉢を弟子に送る。
円明
理知円満の境地に達して明らかに悟ること。
黄檗宗
日本の三禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗)のうち、江戸時代に始まった一宗派。江戸時代初期に来日した隠元隆琦(1592 – 1673年)を開祖とする。
改易
守護、地頭などの任務を解く処罰のこと。
開基
寺院の基もといを開くこと。寺院の創建に尽力した人。寺院建立の財政支持者。
開山
寺院の宗派の上での開創僧侶のこと
開山堂
開基、開山、歴代住職の僧の像や位牌 (いはい) を安置した堂
看門寮
門番、守衛の寮
帰依
神仏や高僧を信じてその力にすがること
揮毫
毛筆で文字や絵をかくこと。特に、知名人が頼まれて書をかくこと。
窮境
非常に苦しい境遇、立場
只管打坐
何かを求めたり、何の目的も持たず、ただひたすらに座禅をすること。「只管」とは、ただひたすらにそのことだけをする。「打坐」とは坐禅をすることという意味。
四諦
苦諦 人生は全てが苦である。
集諦 苦の原因は割愛である。
滅諦 苦を滅した境地が悟りである。
道諦 悟りに到達するには八正道を実践しなければならない。
四門出遊
お釈迦様が城外にお出かけになるある日のこと、カピラヴァストゥーの
東門より出た時に老人に会い、誰もが必ず年老いていくのだと思い。
南門より出た時には病人を見て誰もが病むのだと思い。
西門より出た時には死人を運ぶ行列に出会い誰もがやがて死ぬのだと思った。
北門より出た時には一人の沙門に出会い、俗世の苦や汚れから離れ、出家して修行に励む精々しい姿を見て、老、病、死、人生の苦しみを目の当たりにし、出家の決意を持つようになる。
この逸話は仏教の思想においても根源に据えられているものであり、この逸話にある『生』『老』『病』『死』の四つの苦しみを『四苦』と呼び、人間にとっての悩み・苦しみの象徴とされている。
守塔
禅宗寺院に於ける山内の小院。鎌倉時代や室町時代といった禅宗が盛んな頃は、本山格の寺や大寺にいた禅僧は、住持を退いた後などに、その寺の山内や、近隣に小庵を作って住した。
その弟子達は、師の寂後にも、その小庵を塔処として保護し、奉仕していたという。この奉仕した僧を、守塔比丘や塔主という。
衆寮
修行僧の入る寮舎。勉学(読書看経)、喫茶湯、談話、裁縫、洗衣、来客との面談などを行う場所。
書院
禅宗寺院では住持の、居間兼書斎として用いた部屋。
常会江湖
本山から仏法を説く道場としての標識(法幢)を常に建てる事を許された資格のある寺。
常法幢
本山から仏法を説く道場としての標識(法幢)を常に建てる事を許された資格のある寺。
鐘楼
鐘つき堂。
晋山開堂
新たに住職になる禅僧の、入山に際しての厳粛は儀式。
宗眼
手眼(実際の発言や動作における眼目〈要点〉)と宗眼(それを支える真理の眼目〈要点〉)がある。仏法で悟るところがあり、悟りの深浅にしたがってその悟りの内容を言動で発揮するのを手眼と言う。
宗眼というのは仏祖伝来の仏法の要点であり、何千何百人の禅匠の中で一人か二人だけにしか分からないものである。古人が示した手眼には宗眼が具わっていたが、現今はただ自分の勝手な見解に執着するだけで、それを手眼と呼んでいる。それは古人の手眼と自分の手眼がどうして違うのかという理由が分っていないからに他ならない。一篇の語が、薄絹で織り出された糸模様のように微妙で美しく、完全に宗眼を明らかにし得た状態にあるならば、古人と較べて、鏡と鏡が映しあうように何一つ遜色がないのである。
だがもし宗眼が曇っているならば、生まれつき眼が見えない人と同様にキチンと物事が見えないのであり、古人と隔たってしまう。そんな状態ではたとえ雲が湧き起こり、瓶から水を注ぐように雄弁であったとしても、すべてくだらない言葉に陥っているのである。
宋代天台の孤山智円(九七六〜一〇二二)の弟子である惟雅法師に、「三眼」という表現があり、「教眼(明らかに権実大乗小の法を識る)」「道眼(親しく諸行修証の門を実践する)」「宗眼(深く円頓即具の旨を窮める)」として提示されている。
叢林
寺院。特に禅寺、修行道場。
中道
愛欲快楽を求める(快楽主義)ためでなく、己の肉体的な疲労消耗(苦行主義)を求めるためでなく、それら両極端を避けた道。
琴の弦を張りすぎた時の音、弦を緩すぎた時の音は聞こえがいいだろうか?
琴の弦が張りすぎず、緩すぎもなく、丁度よい度合いであったのなら、琴の音色は聞こえはどうだろうか?
通玄山
通玄とは「禅の極致」という意味。隠元禅師が1655年(明暦元年)に己斐の加々桑山(小茶臼山)を訪れた時、その山上からの景色が古里通玄山によく似ていたことから「通玄山」と銘名、書にしたためた。
この書を広島藩家臣の寺西織部信之が手に入れ、1674年(延宝2年)頃、小茶臼山の自然石に彫刻した。
扶持
俸禄を与えた家臣。江戸時代には、一人1日玄米5合を標準とし、この1年分を米または金で給与した。
方丈
一丈四方、四畳半ほどの広さ。また、その広さの部屋や建物。寺の住職の居室、または住職の俗称。
法幢
仏法の旗印。または仏法のこと。戦において敵を圧倒する将の幢(旗ほこ)に例えている。禅宗では説法があることを知らせるために立てる幟。
防長
現在の山口県。周防すおう国こくと長門ながと国こくを合わせた呼び名。
八正道
正見 正しい見解
正思 正しい思惟(考えること)
正語 正しい言葉
正業 正しい行い
正命 正しい生活
正精進 正しい努力
正念 正しい心持
正定 正しい精神統一